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留学・ワーキングホリデー体験談

留学・ワーキングホリデー体験談

私にとってオーストラリアとは自分を変えてくれた第二の故郷です。 過去2回渡豪しました。 初めてオーストラリアに行ったのは19歳の時。 専門学校の55日間留学プログラムでした。 初めての海外での生活はすっかりホームシックにかかってしまって、その文化の違いを楽しむことが出来ませんでした。 学校の先生に『オーストラリアで何を学んできたの?』という質問に、私は『日本がどんなにいい国かが分かりました』と答えました。 先生は言いました。『それじゃあ、行った意味がない。全然分かってないよ。』私は衝撃をうけました。 確かに、そんなことを知りにオーストラリアまで行ったわけじゃないのは分かっていたけど、はっきり何が分かったということは分かりませんでした。 この時密かに、『いつかまたオーストラリアに行こう』と決意しました。

オーストラリアワーキングホリデー

それから5年後。2度目の渡豪を実現させました。 ワーキングホリデーの目的はひとそれぞれ。 私の目的は5年前お世話になったホストファミリーに会いに行く!!でした。 初め1ヶ月はホームステイをしながら語学学校に通いました。 毎日11歳の男の子とプールをはさんでボールの投げあいっこをしてへとへとになるまで遊んだり、英語を教えてもらったり。しっかりケンカもしました。(笑) 休みの日はプールサイドで日光浴しながら本を読んだり、家の裏のパークに犬の散歩にいったり。言葉はやっぱり分からないし自分でも言いたいことうまく伝えられなかったけど皆優しく接してくれて良かったです。

学校は思っていたより日本人が多くてビックリしました。 でも母国語禁止だったので皆しどろもどろで会話してました。 新しい生活をする上で学校に行っておいた方が友達も出来るし、地域の情報収集などにも役立ちました。 又、働くのに必要なタックスファイルナンバー取得もサポートしていただけて助かりました。

学校に通いながら次の住まいを探しました。 ワーホリはシェアハウスが主流みたいでシェアメイト募集の情報は町の掲示板やショッピングセンターなどいたるところで目にしました。 自分さえ選ばなければすぐ見つかると思います。渡豪前は心配だった住まい。行ってみたら案外心配いらなかったです。 やっぱり実際行ってみないとわからないですね。 私の住んでいたゴールドコーストのサーファーズパラダイスという町はホテルや、ホリデーアパートメントの高層ビルが連なるちょっとした都会です。 でも規模は小さいので少し離れれば静かなゆっくりとした時間が流れる癒しの風景に出会えます。 何といっても海に近いのでさわやか度100%!サンセットはもちろん、サンライズ見がてらによく早朝ランニングもしました。(日本じゃやる気にならないのに、、、笑) 海を見ながらよくこれまでの人生、これからの人生、友達や家族、色々なことをゆっくり考える時間が増えました。
海って不思議ですね。とにかくゆっくり、リラックス出来ました。

オーストラリアワーキングホリデー

シェアハウス事情ですが、私はやはり外国の人と暮らして英語をもっと話せるようになりたかったので、なるべくメンバーに外国人が多いところを選びました。 そして、韓国人の女の子と日本人の女の子とオーストラリア人の男性オーナーの3人と一緒に暮らしました。
一緒に暮らすにあたって学んだことは干渉しすぎないです。 それさえ出来ればうまくいくと思います。プライベートのスペースは必要ですね。 とは言うものの色んなシェアハウスの形があるので色々渡り歩くのも楽しいかななんて思いました。

仕事に関しては探すのにとても苦労しました。 まず問題は言葉ですよね。私も最初はとても不安でした。しゃべれないのに働けるのか、、、?やっぱり日本人向けレストランが受かりやすいかな、、、? など色々考えました。でも!!そんな時こそこそチャレンジですよね。あえて、日本食レストランは避けました。 自分に厳しい状況に持っていくしかないと思ったからです。
A4サイズの紙にPCで今までの仕事の経験、アピールポイント、など自由に表現して自分だけのレジュメ(履歴書)を作成しました。 そして、ホテルやレストラン、お土産屋さん、マッサージ店、クラブなどいたるところに配りまくりました。 それでもなかなか連絡は来ず、、、。すっかり落ち込んでいた時、やっと1件のレストランから電話が来ました。 何を言ってるのか分からなかったけれど、とりあえず店の名前と日時を聞いてインタビュー(面接)までこぎつけました。 そして私は中東料理を扱うレバノン料理屋で働くことになりました。 日本じゃ考えられないくらいラフな環境で、最初は逆に気を遣うばかりでした。 仕事は主にキッチンハンド(調理補助)でした。野菜を切ったり簡単なソースを作ったり全部教えてくれないので自分から聞いたり作ってるのを見たりしてメモを取って覚えたり、、、色々苦労しました。 週4で朝10時から14時まで働いて1時間10ドルでした。 決して仕事中心の生活ではないので仕事終わりは友達と会ったり、海を見ながら本を読んだりショッピングしたり、日本の友達とメールのやり取りをしたり たっぷり自分の時間がとれました。貯金は出来なかったけど稼いだお金だけで生活できていました。

オーストラリアワーキングホリデー

そうこうしているうち日本に一時帰国することになり私は仕事をやめ、シェアハウスを出ました。
そして、各主要都市から今回のワーホリの目的のホストファミリーに会いに行くべく私はラウンドの旅に出ました。 ゴールドコーストから近いということもあり、ニュージーランドにも足をのばしました。 そこから飛行機でメルボルンへ。無事涙の再会が出来ました。5年前は分からなかったあの古くも味のあるアンティークな家、決して裕福な暮らしをしているわけではないけれど毎日平和で幸せそうなホストファミリー。 あの時嫌だなと思っていたことが嘘みたいにいい方に捕らえられるようになっていました。 風景は変わってなかったのに確実にたくましくなったポジティブな自分に気付きました。それもこれも今まで色々な人に助けられながら一人で旅をしてきて、いい人も悪い人も含め、様々な人たちに出会い、触れあい、人目を気にせず自由に生きるそのたくましさに憧れ、自分は自分でいいじゃないかという風に考えられるようになったからです。

帰国後は、やろうと思えばなんでもできる!! という思いが強く残っていて、オーストラリアの時のように履歴書をもって直接お店に行って仕事を探したりしました。 無事、今は外国の方が集まるBarで楽しく仕事をしています。 英語は相変わらずですけど、海外に飛び出したことで色々な面で自分に自信が持てるようになりました。
思い立ったら即行動!これが私のポリシーです。

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